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ジェムシリカの魔法

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地震予知夢

絶版重版未定について、わたしなりの考え方を述べさせて頂きます。
主に、プロモーションはインターネット上にて活動している所存でありますが、
もし役者特に女優が和楽器を演奏できるならば映画、ドラマにすれば
文学とコラボレーションしたよい映像作品が創り上げられるのでは
ないでしょうか。

和楽器を演奏できなくても、日本古来の伝統文化を背負って立つ
次世代の女優が特に必要だったりします。

女優で物語が作れるのです。たとえば、絵タッチや仕草やものの合間
の場を空気が読める女優に期待しております。

経済市場が傾いている今、物資よりも人に視点がいくのです。
特に、メディア戦略で勝ち残る日本においては霊界が祖国なのでは
ないのでしょうか。
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# by kaoritsuki | 2012-07-27 12:33
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空気を読む人柄について、こう思います。
自分の居場所がなかった時代においてもあまり分別なくご法度なまでに、愛社精神を持つような
ライフスタイルは流行らないかもしれません。

流行に敏感なことは、いかなる時代においても確信を持った己の生き様のように変貌していけば
いいのです。

あの世へ生まれ変わるという修行をしたとしても、あの世とは男女の性の違いを表すことのように
違いないでしょう。

鈍感力とは、つまり人に囚われずあらゆる物資に興味を持つもののたとえだと感じます。


三味線を販売して、秋葉原文化を作るということはかなり奇をてらうことです。
十字路から脱出したいと願うばかりか、ジャンクショップであっても己の回帰になり得るのです。

「あなたのこと、いつも見てるよ...」と、一言呟くのは空気感染された未知への遭遇でしょう。

体力があるのに、小窓からあなたを上から目線で見る癖は閉塞感のある牢にいるのと同じようです。

しかし、仮想文明における人生において結果を出さなくても誰かが評価してくれさえすればよいのでは
ないでしょうか。
# by kaoritsuki | 2012-07-23 01:59
自然美から動植物への視点に変えるとき、ふと気づくときがあります。
去年の夏は自然美への視点だったのに、今年の夏は夜行性動物への初心に帰ります。
タイトル名を変更することは、結構骨が折れることだったなんてことを最近知りました。
毎年、河口湖へ旅をすることは自己への奇跡の生還につながるでしょう。

「自然美の視点を動植物への視点に変えるとき、今新たなる決心がつくでしょう」

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# by kaoritsuki | 2012-07-16 15:38
実際、浮雲にちりばめられている埋もれた頭脳はみんなの塵になっていくような人つなぎの夢想
とは何でしょうか。
地獄の底から突き落とされたとしても、この霊界で誰かが見てるから意外と必要とされているんだ
なと思うときがくるでしょう。

色んな国に行ったとしても、日本人の瞳ってこんなに必要とされてるんだなって思うときがきます。

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# by kaoritsuki | 2012-07-11 22:00
21年前の映画「夢」は、黒沢明監督の作品である。
オムニバス形式でその中の「赤富士」は原子力発電所が爆発、
放射能漏れが起こり、人々は逃げまどう。

特に印象に残っていたのが、放射性物質に色が付けられた
濃霧に取り付かれた人は、諦め自殺する場面だった。

今までの幻想的な現実が夢で、これからの未来が刹那な
現実なのかも知れない。
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# by kaoritsuki | 2011-03-20 17:30